三千劫の縁(塵点劫)
2025/06/22
『法華経』に塵点劫(じんてんごう)という、思い計ることすらできない、久しく長い時間を表す言葉が出てきます。
これは法華経の中の物語で説かれたもので、人間の思い込みを打ち砕く為のお話です。
私たちが「これは自分だ!」と意識・分別をしているものは、たかだか、ここ数十年の意識の働きにすぎません。
たかだか数十年の意識の働き、または、習い覚えてきた経験と知識のかたまりだけが「自分である!」と思い込んでいます。その自分を守り、その自分を飾り、その自分をもっと立派なものに見せたいと思っている。たとえ様々な修行をしたとしても、それは、我見・我慢・執着であると、説いています。
法華経では今、ここにこうして話を聴いているあなたも、たかだか数十年の意識や経験・知識のかたまりでしかない。ずっと遠い昔から連なっている、大いなるいのちの流れの結果であると・・・実はそれが今ここで、こうして読んでいるあなたの実態であると言っています。この我々の意識の根本がどこに向かうのか?探し求めていくと、思い計ることのできない不可思議な世界へと向かい、あなたの今の仕事があなた一人のものではないということになります。
三千塵点劫という、本当に計り知れない遠いところから、私たちのこのいのちは、ずっと連なっている。
それが、私たちの命のおおもと源です。それが今どこに向かっているか、少しでもそれに触れ知覚することが、あなたの修行であり仕事なのかも知れません。
私たちが自己だ自己だと思い込んでいるものは、たかだか、二十数年あるいは三十数年、あるいはせいぜい長くても百年のものです。計り知れないほど長い塵点劫の長さの時間から見れば、一瞬の泡のごときものです。
この泡のごときに執着するのではなく、この泡を超越してこそその根本にある広い世界に目覚めることができるのです。
塵点劫のかなたよりずっと貫いているものが、今、ここのこうして生きてこの話を聴いているあなたです。
仕事をしている自分の姿、家族と過ごしている自分をはっきり知ってこそ「なるほど、仏はこいつだ!」と気づき、「これ以上、外に求めるものはありはしない!」と目覚めれば、何も特別に求めようとしなくても、自ずからおさまっていく。強いては教えを意識しなくても、自然と調和して暮らしていくことができるようになるという教えです。
今のあなたの仕事、そして経営者としての姿は、三千塵点劫の古の遠くから決まっていた超越すべき道であり壁です。
これを超越するために今を頑張っている自分、というのが今のあなたであり、それこそが自然な本当の”あなた”なのです。今を超越して初めて知ることができる、ほんとうの”自分”なのかもしれません。
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